高齢者の服薬について

日本では、いまだ欧米諸国が経験したことのない急速なスピードで高齢化社会を向かえつつあり、高齢者医療のあり方が大きな社会問題となっている。

高齢者社会の図式

高齢者の医療は単なる臓器疾患の診断と治療ではなく、患者のQOL(生活の質)を第一義的に考えた全人的な包括医療でなければなりません。すなわち疾患を治すことよりは患者の自立を障害するさまざまな要因を除去し、患者がQOLの高い生活を送れるようにすることが重要なのです。

日常生活の満足度を十分の尺度に当てはめて十分で決めるべきであり、QOLへの志向を指示すべきでない。(Croog)→ 押し付けにならないように

身体的苦痛、精神的不安を取り除き安らかな(健やかではないが)余生を送り、残された人生を少しでも楽しく有意義に過ごす。かかる現状下にあって、もし慢性疾患を有し、症状が日常生活に支障をきたすのであれば、その症状を軽減させ、苦痛を取り除く薬物を投与することは、薬害がQOLの向上を上回らないのであれば、薬剤の安全性を見守りながら長期使用のプロトコールを確立することを考えても過ちではないのではなかろうか。

急性疾患、急性症状を除き、もっともおおい愁訴
1. 疼痛
2. 不眠(不安) 老年者の80%は睡眠薬を常用
同一睡眠薬を長期連用するよりは適宜睡眠薬を交代しながら使用。
3. 便秘 毎日連用せずに便秘が3日続いたら服用する程度にすれば、便秘の苦痛は取り除かれる。
4. 高血圧

薬剤を正しく服用してもらうために薬袋は正確に記入。
特に高齢患者では視力の急速な低下が見られるので、薬袋・薬札に記入すべき患者氏名、分量、用法、用量(投与日数)などの指示は、できるだけ大きく、わかりやすくはっきりした書体で記入。
スタンプを各種用意。服用方法・使用部位を区別。
点眼薬、飲み込まずになめるトローチ、舌下錠、糖尿病薬

高齢患者は、服用の意義や目的をよく理解していなかったり、記憶力が低下していて指示を受けていても忘れてしまったり、あるいは独断で服薬してしまう危険性がある。たとえば、1日1回服用する催眠鎮静薬を昼に服用していたため、夜中に眠れずに精神的ストレスが増したり、1日2回朝昼に服用すべき利尿薬を朝晩に服用し、夜中にトイレに行くわずらわしさが生じて服用を中止したりする恐れがある。したがって用法指示は必ず記入すべきである。

高齢患者のコンプライアンスの低下の理由

  • 服薬の意義、服薬指示を正確に理解、記憶できない
  • 痴呆だけでなく、理解力の低下、難聴、視力障害などのため、説明を十分に理解できない
  • 高齢者特有の頑固さ、迷信、流言などにひきずりまわされやすい

→ 積極的な服薬指導

薬を飲みやすくするための創意工夫
飲み忘れや重複を防ぐ
カレンダータイプの薬入れ 市販
手作りの薬入れ 空き箱などを利用して
携帯用薬入れ 外出時 フィルムケース
1回分包装(one-dose packaging)

触覚を利用した、薬の飲み方の確認法
盛り上がった触覚シールなどを貼る 目の不自由な人向けの工夫。膨らむ絵の具やたこ糸を切ったものなどが利用できる

薬の管理に役立つ
お薬手帳

のみやすくする
散剤の味が苦くて服薬を嫌がる場合 → 葛湯、ヨーグルトなどに混ぜて飲ませる
補助剤 市販の嚥下補助ゼリーやゼリー飲料などと一緒に飲むと飲み込みやすい
オブラート 

  • 臓器の老化による働きの低下

老年者の吸収、代謝、分布、排泄能

吸収:経口投与された薬剤は吸収に関与する主・副・壁細胞の数の減少、消化管の血流の減少、消化管の蠕動低下および輸送率(GER)の低下により吸収が低下する。
例)抗コリン系 胃内容輸送率を抑制
  水酸化アルミニウム投与による胃pHの上昇 テトラサイクリン系抗生物質の解離型が増え、テトラサイクリンの吸収が低下

肝での代謝:老年者では薬物の解毒、処理代謝能は若年者の1/2〜1/3に低下

腎機能:ネフロンの数は1/2〜1/3(350000〜400000)に減少
    ろ過ならびに排泄機能は低下

薬用量はまず、若年者の1/2〜1/3量からはじめ、漸増しなかがら至適量を求め、維持量を決める。一方、多剤併用のものは併用薬漸減を心がける。
 老年者の副作用発生率は若年者の2.5倍で、しかも薬の種類の多い老年者に高い。

  • 体の水分量の減少

老年者の身体構成成分
老年者は身体構成成分が若年者と違うために薬物の体内分布は影響され、若年者と異なる。
まず、第一に身体構成成分である総脂肪は20歳では体重の10%にすぎないが、加齢とともに増加し、60歳になると24%に達する。これに対し、体内水分量は20歳では体重の25%であるが、加齢とともに減少し、60歳では18%に減ずるといわれている。一方、薬剤と結合する血漿中のアルブミンも年齢とともに減少し、20歳では、3.9g%のものが、60歳では3.0g%に減少する。これらの変化は、薬剤の体内分布に影響をおよぼし、肥満老年者では脂溶性薬物が脂肪に多く蓄積し、痩せ型老年者では体内水分量が減少してくるために薬剤分布濃度の上昇をきたす。一方、アルブミンの低下によって蛋白非結合遊離型の薬剤は血中に多く貯留し、半減期の延長とともに副作用を招く原因となる。たとえば脂肪に多く蓄積するバルビツール酸塩や通常量でも体内水分量が少ないと過剰量になるアンチピリン、さらに蛋白結合の強いワルファリン、ジクマロール、トルブタミド、フェニルブタゾンなどは多剤併用時には留意して使用しなければならない。



老年者にとって特に要注意の薬物

1 向精神薬
一般に加齢とともに脳中枢神経の機能は低下するので、脳の機能に影響する薬剤については慎重に投与する。老齢者は精神状態が不安定なために向精神薬は好んで用いられる。用量は若年者の半分で有効であるが、円背、やせ型の老年者では半分量でも強い意識障害を起こしたり、傾眠、脱力、起立不能などの副作用が見られる。そしてそのため、しばしば二次的外傷、転倒、骨折を引き起こすので注意しなければならない。パーキンソン病は自覚症状が強いので鎮静の目的で向精神薬を投与するが、自覚症状が悪化することがある。抗うつ薬も同様で、意識障害尿閉、パーキンソン症状、低血圧に注意する。

2. 循環器病薬
ジギタリス 原則としては少量を用いる
中毒による不整脈、消化器症状、精神症状 

降圧薬 一般に降圧薬を投与する場合は、加齢とともに脳血流量は減少しているので降圧薬は少量(若年者の1/2〜1/3)からはじめるべきであるが、円背の老年者では1/3量でもめまい、ふらふらが出現し、起きられなくなったり、あるいは低血圧のために一過性脳虚血症状を呈するので急激な利尿は避けたほうがよい。
老年者の高血圧に対する降圧薬の使用についてはまだ意見の一致をみない点が多く残っているが、収縮期圧200mmHg以上、拡張期血圧110mmHg以上の高血圧であれば、降圧薬を使用すべきであろう。この場合でも正常血圧以下に下降させると虚血性心疾患、脳梗塞を惹起する危険性がある。すでに心、脳、腎に動脈硬化が存在しているので、降圧薬はなるだけこれら臓器の血流量に変化をもたらさないものがよく、β遮断薬が近年よく使用される。

3. 経口糖尿病薬
低血糖 ちょっとした風邪や病気で食事をしないで抗糖尿病薬のみ服用すると低血糖になる。逆に旅行ばかりしている元気な老年者では多飲多食により高血糖になる。しかし頻度から見れば前者が多い。
老年者の低血糖意識障害のみが症状として起こってくるので、かかる症状があらわれたらただちに血糖を測定することである。

4. 抗生物質
感染症は年々増加の傾向にある一方、老年者の免疫能は若年者に比し低下していることがいわれている。この意味でも抗生物質の使用は必須である。
MRSA感染症 : 感受性のない広範囲スペクトルの抗生物質を使用している老年者、
「オムツ」使用で尿失禁、褥瘡を持つ寝たきりの老年者には十分な配慮、検討を加えて抗生物質を選択すべきで、いきなり第3,4世代の抗生物質を使用し始めるより第2世代の抗生物質からはじめるほうがよい。

5. 投薬後内科ならびに他科領域に副作用を惹起する薬剤
チアジド利尿薬(痛風、糖尿病)
プロプラノロール(心不全、喘息)
レセルピン(パーキンソン病うつ病、喘息、鼻閉)
三環系抗うつ薬(脚ブロック)

副腎皮質ステロイド白内障)(骨運動障害)
ピロカルピン、プロバンサイン、三環系抗うつ薬緑内障